大判例

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福島地方裁判所 平成元年(行ウ)9号 判決

原告

小針英子

藤橋力男

仲川堅悦

上野和子

佐藤哲雄

佐藤悦子

佐藤功

佐藤礼子

田辺千代美

浅野敦子

清水昭二

橋本徳弥

橋本昭義

小林節子

外四〇二四名

右原告ら訴訟代理人弁護士

関哲夫

被告

郡山市長青木久

右訴訟代理人弁護士

石川博之

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、テキサスA&M大学の郡山誘致にかかわる一切の支出負担行為及び一切の公金支出をしてはならない。

2  被告は、平成元年一一月二八日郡山市とテキサスA&M大学との間に締結された同大学日本校を郡山市に誘致する協定を執行する目的で、テキサスA&Mユニバーシティ郡山校設立準備会に対して、郡山市の所有地を適正な対価なくして貸付、又は譲与してはならない。

3  被告が、大高善兵衛との間で、平成二年三月一五日に締結した郡山市本町三二〇番三の市有地5545.47平方メートル及び郡山市字晴門田四五番六の市有地1475.84平方メートルに係る賃貸借契約を解除し、原状回復を請求しないことは、違法であることを確認する。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  「テキサスA&Mユニバーシティ郡山校」(以下「本件学校」という。)誘致の経過

(一) テキサスA&M大学(以下、「TAMU」という。)日本校誘致方針の決定

被告は、昭和六三年二月、「二一世紀の地球的交流化時代を目前にして、現在、その第一段階として地方レベルでの国際化の積み重ねが極めて重要である」との立場から、郡山市がテクノポリスの母都市として発展してゆくために国際的感覚を備えた社会人の育成を図るためとして、米国にあるTAMUの日本校を同市に誘致する方針を固めた。

(二) 誘致計画の概要

右誘致計画は、平成元年一〇月五日の時点までに公表されたところによれば、おおむね次のようなものである。

(1) 名称 テキサスA&Mユニバーシティ郡山校

(2) 設置形態 準学校法人専修学校。ただし、法人許可までの間は私塾とする。

(3) 開校の時期 平成二年五月。学校法人としての開校は平成三年四月。

(4) 設置場所 郡山市西部研究学園都市建設の一環として郡山市片平町地内に本校舎を建設する。

(5) 学生定員(一学年あたり)

日本人学生 英語集中課程 三五〇名

教養課程 三〇〇名

米国人学生 教養課程 三〇名

成人教育(春学期のみ)四〇名

(6) 日程

平成元年一〇月 発起人会開催

学校法人設立準備会設置

資金調達開始

学生募集委託発注

校舎建設事業体結成

学校設置計画書

一二月 仮校舎着工

平成二年三月 同完成

五月 開校

一〇月 学校法人認可申請

一二月 同認可予定

平成三年四月 学校法人開校

(7) 財政計画

①平成二年五月開校までの経費 約一億五千万円

学校法人設立準備会が民間寄付を集めて充てる。ただし、仮校舎の敷地(晴門田)七〇二一平方メートル 郡山市が無償貸与する。

②開校以後の経費 二五億円

1補助金

①校舎建設費 一四億六五六〇万円

②教職員住宅建設費 四億三六〇〇万円

③初度調弁費 一億五八〇〇万円

④図書購入費 一億四〇四〇万円

⑤運営費 三億円

合計 二五億円

2助成

本校舎敷地

郡山市片平地内の財産区所有地面積約七〇〇〇〇平方メートル 無償貸付

3財政調整基金の設置

開校後に経営上赤字が出た場合に補助するため、郡山市は財政調整基金を設置する。

(三) 設立準備会の設立

本件学校の前身たる私塾の設置主体となる「テキサスA&Mユニバーシティ郡山校設立準備会」(以下「本件設立準備会」という。)は、被告を理事長として平成元年一一月一〇日に設立された。

(四) 協定の締結

同月二八日、郡山市とTAMU代表者との間で本件学校の誘致協定が締結された。従前の協定書案の第一六項は、「この協定は、郡山市議会及びTAMUの権限ある機関の承認を経て効力を発生する」と規定されていたが、最終案の第一一条第五項により、「本協定は、郡山市議会及びテキサス州の権限ある機関の承認が必要な事項については、その承認をもって有効とすることを確認する。」と変更されている。

すなわち、右最終案は、同年一一月一三日の市議会臨時会において債務負担行為が可決されたとの前提に立ち、右誘致協定は一一月二八日の締結行為によって原則的に直ちに効力を発生し、郡山市がTAMUに対して具体的かつ確定的に協定書所定の義務を負担するものとし、ただあらためて市議会の議決を必要とする事項については、例外的に市議会の承認をもって効力発生要件とする旨を定めたものと考えられる。

(五) 大高善兵衛に対する市有地の貸付

郡山市は、平成二年三月一五日、請求の趣旨第三項記載の市有地(以下「本件土地」という。)を、本件設立準備会副理事長である大高善兵衛に対し、同日から平成六年四月三〇日までの間、貸付料年額八九四万円で随意契約の方法により貸し付けた(大高善兵衛はその後右土地を郡山建設リース株式会社に転貸し、同社が本件設立準備会の意を受けて現在本件学校の仮校舎の建設をしている)。

2  本件設立準備会に対する助成・補助の違法性

(一) 憲法八九条違反

(1) 憲法八九条は、公金その他の公の財産を公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対して支出することを禁止している。

「公の支配」の意義については学説が分かれているが、私立学校振興助成法(昭和五〇年法律六一号)は、地方公共団体が補助・助成をなしうる対象を、学校法人(同法一〇条)、準学校法人(同法一六条)、学校教育法一〇二条一項の規定により私立の盲学校、聾学校又は幼稚園を設置するもの(同法付則二条一項)に限定している(以下「学校法人等」という。)ので、右以外のものは、公の支配に属しないものとして、補助の対象から外しているものとみるのが相当である。

(2) ところで、本件の場合、郡山市は、任意団体である本件設立準備会に対し、同市が本件学校について行う補助金を支出し、市有地を無償提供し、その後本件学校が学校法人として認可、設立されたのちに、本件設立準備会が右補助金を学校法人たる本件学校に交付するという手順を予定している。

しかし、本件学校の前身たる「私塾」を設置する本件設立準備会が、前記法律の各規定により補助・助成の対象となるもののいずれにも該当しないことは明らかである。

すなわち、郡山市は学校法人等でなく、したがって公の支配に属していない本件設立準備会に対して公金を支出しようとしているのであり、この措置は、憲法八九条に明らかに違反する。郡山市は本件学校が学校法人として認可されるか否かすらも未確定な私塾の段階で、法人設立準備会という一種のトンネル団体に対して本件学校に対する補助金を予め交付し、市有地を無償提供することになるからである。

(3) 一般に、特定の団体に補助金を交付する場合において、直接当該団体に交付せず、トンネル団体を通じて間接的に交付する形式をとったとしても、当該団体に直接交付するのと同視されるものである。

ちなみに、学校法人等でない学校に対して地方公共団体が補助金を交付することが憲法八九条に違反することは、自治省の行政実例上、明らかである。

(二) 市有地の貸付の違法性(地方自治法九六条一項六号違反、二三四条二項違反)

郡山市は、駅から徒歩数分の交通至便な晴門田地内にある本件土地を、無償で本件設立準備会に貸し付けると発表したが、これは、公の支配に属しない教育事業に対し公の財産をその利用に供することを禁じた憲法八九条に違反するものである。

このような憲法違反行為を避けるためには、市と本件設立準備会は、本件設立準備会が市に対して時価を基準とした賃借料及び権利金を支払うとの内容による市有地賃貸借契約を締結しなければならない。

本件土地は、交通便利な場所にあって、評価額が高いので、その賃借料及び権利金は自ずと高額になる。右権利金の額の算定にあたっては、短期賃貸借の例によることはできない。郡山市は、本件学校のため、引続き本校舎敷地として別のはるかに広大な市有地の貸付を予定しているからである。権利金は民間並みであることを要するが、例えば、東京都公有財産規則を右土地に適用すると、一四億円前後となる。

ところで、郡山市の大高善兵衛(設立準備会副理事長)に対する本件土地の貸付は、権利金を徴収することなく不適正な対価でなされたものであるから、地方自治法九六条一項六号の規定により議会の議決を要するものであるところ、右議決を受けることなくなされたものであり、違法である。

また、右賃貸借契約は地方自治法施行令一六七条の二第一項各号により随意契約をなしうる場合のいずれにも該当しないにもかかわらず、随意契約の形式でなされたものであるから、同法二三四条二項に違反し、違法である。したがって、被告は、すみやかにこれを解除し、本件土地の返還を求めるべき義務があるにもかかわらず、これを怠っていることは違法である。

3  本件学校に対する助成・補助の違法性

(一) 地方自治法二三二条の二違反

(1) 「その公益上必要がある場合」の意義

地方自治法二三二条の二は、「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄付または補助をすることができる。」と規定する。

同条の「公益上必要ある場合」にあたるかどうかについては、第一に、普通地方公共団体の収入は、まず地方自治法二三二条一項記載の経費に支弁されるべきものであるから、これに属しない寄付又は補助は、普通地方公共団体の財政に余裕のある場合にはじめてこれをなしうるものであって、寄付又は補助の公益上の必要性の判断には、当該普通地方公共団体の財政上の余裕の程度を考慮しなければならず、さらに、普通地方公共団体が特定団体の事業活動の経費を補助することが公益上必要であるかは、①右事業活動が果すべき公益目的の内容、②右目的が普通地方公共団体の財政上の余裕の程度との関連において、どの程度の重要性と緊急性を有するものであるか、③右経費補助が公益目的実現に適切(合目的性)かつ有効(有効性)な効果を期待できるか、他の用途に流用される危険がないか、④公正、公平など他の行政目的を阻害し、行政全体の均衡を損なうことがないかなど諸般の事情を総合して判断すべきであり、そのうえで公益上必要な場合に該当する事実がなく、又は右認定が全く条理を欠く場合には、右補助金の支出は違法であるというべきであり、また、右にいう「公益」とは、一般的抽象的なそれではなく、あくまで当該地方公共団体における公益、すなわち当該地方公共団体の規模、財政状態、住民のニーズ等の特性に照らした場合の具体的な公益をさすものである。

(2) 郡山市にとっての本件学校誘致の必要性・緊急性の有無

本件学校の予定する授業は、米国人教師による実用英語の教育及び英語による大学教養課程の授業であって、前者の程度内容は、日本の高校卒業者と同等程度の学力を有する者に対し、第二段階の大学教養課程に進級できるだけの英語力を養成するにあるものと解される。外人教師を招いて行うこの種の教育機関は、わが国では大中都市を中心に極めて多数存在し、例えば東京都内の専修学校及び各種学校だけでも四一校の多きを数えている。このように実用英語の教育機関は既に住民のニーズを十分にみたすだけのものが設置されており、しかもその経営は国又は公共団体の補助をほとんど受けることなく採算がとれているのである。民間ベースでも十分に引き合う程度内容の教育であれば、地方自治体が多額の補助・助成等のより深く関与する必要がないことは多言を要しない。

したがって人口三一万の郡山市内に本件学校のような定員七二〇名にも及ぶ大規模な実用英語教育機関を新たに設置するだけの住民のニーズはなく、周辺市町村からの入学者を見込んだとしても定員に達する学生を集めうるかどうか甚だ疑問といわなければならない。

誘致計画によれば、本件学校では、五月から一二月までの八か月間を英語集中課程とし、その後二〇か月間の教養課程を終了すると米国の本校へ行き、専門課程に入ることが予定されている。しかし、教養課程に進級するには、TOEFL(英語力テスト)で、六七七点満点で五五〇点をとるのが最低ラインとされており、かなり高度の英語力が要求される。そしてTOEFL成績五五〇点に達しないものは、進級がストップされる。そうすると米国留学を夢見て入学しながら英語力不足で米国本校に行けなくなる多数の学生の処遇をどうするかが大きな問題となろう。この場合、短大卒の資格も得られないから、他の四年制大学の後期課程への編入が不可能であるほか、短大卒を資格要件とする多くの国家試験の受験資格もない。

要するに、本件学校の誘致は、郡山市に巨額の財政負担をもたらすことが確実である反面、住民の福祉にどれだけ寄与するのか大いに疑問であり、それどころか入学者の希望を打ちくだき、迷惑をかける可能性すらある。

したがって、本件学校に対して郡山市が補助・助成を行うことは、誘致計画の内容及び諸般の状勢に照らし、必要性・緊急性を欠くといわなければならない。

(3) 過大な財政負担

被告は、当初は、本件学校に対する補助金を三二億円と発表していたが、のちに二五億円に訂正した。これは、市が提供する本校舎敷地を市の学園都市構想の一環に組入れることとし、本件補助金から外したものであって、支出部門が違うだけで、郡山市が本校舎敷地用地の取得費を負担することに変りがない。これは市議会及び市民の間に過大な財政負担に対する不安及び反対が強まってきたので、市の補助額を少なく見せたにすぎない。したがって、郡山市の実質的補助金額はいぜん三二億円とみてよい。

TAMUは、本件学校のノウハウ提供の義務を負うだけで、その設置運営費を一切支出せず、右の経費は民間有志の寄付及び授業料等の収入を除くほかは、派遣教員の給料、住宅等を含めてすべて郡山市が負担するものである。

そして、右の民間寄付は、設立時に予定されている一億五千万円が集まるかどうか疑問であり、もし集まらなかった場合、不足分は郡山市が負担せざるをえない。仮に設立時予定分が集まったとしても、開校後は期待できないため、誘致計画では独立採算で行くという。すなわち、平年度における収入(授業料、入学金、受験料、成人講座)合計五億一四〇〇万円、支出(学校運営費、教職員給与等)五億一四〇〇万円でバランスすると計算されている。

しかし、授業料は年間一三五万円(米人学生は一三万五千円)であり、大学よりはるかに高く、学士号のとれない専修学校である本件学校にこれだけの授業料を払う学生が定員まで集まるかは重大な疑問がある。

設立後に経営が赤字となるような事態が生じれば(その可能性は大きい)、郡山市に重大な財政負担のツケを残すことになる。そればかりでなく、この種の学校の経営は年を追うにつれて益々困難となり、数年を出ずに廃校に追いこまれる可能性すら否定できない。

(4) 動機の不正と計画の杜撰

もともと米国大学分校を自治体が誘致しようというアイデアは、昭和六一年に日米の国会議員が結成した日米貿易拡大促進委員会が、若年人口が減る米国大学の活路を開拓し、あわせて日本の貿易黒字減らしに資するため、自治体に呼びかけたことにはじまる。日本の自治体側は、低成長時代の地域活性化、国際化の核になるのではないかとの思惑から呼びかけに応じて分校誘致の名乗りをあげたものが三〇団体にも及び、一時は「誘致ブーム」を現出した。

しかし提唱者が、日米両国の国会議員のグループであったことからも判るように、多分に政治的・経済的動機に基づく発想であり、わが国の教育行政上の必要性、自治体の財政能力や住民のニーズ等を周到に検討したうえでの提唱ではなかった。

その後、自治体側の財政負担が意外に大きいことや、学生の英語力不足等数々の問題点が次第に明らかとなり、現在までに開校にこぎつけたのはわずかに新潟県中条町のサザン・イリノイ・ユニバーシティ一校のみである。ほかに七県市が今春までに相手方との間で趣意書に調印したが、正式契約に至ったのは秋田県雄和町だけであった。その他の六団体は議会や市民の反対が強く、正式協定成立のメドがたっていない状況である。

このように誘致計画が軒並み頓座している理由は、①米国の州立大学は州法により州外への資金の持出しが禁じられており、用地、設備、運営費がすべて日本の自治体の負担となり、自治体の財政状況が比較的良好な現在はともかく、ひとたび悪化すれば大変なお荷物となりかねないこと、②学校教育法による大学としての認可を受けることができないから、学生は卒業しても大学卒の扱いをうけることができず、魅力にとぼしいので、継続的に学生を集めうるかどうか疑問であること、③入学するのは簡単だが出るのが難しく、また卒業できたとしても米国の大学に入学できる保障がないこと(サザン・イリノイ・ユニバーシティ新潟校一期生のうち、英語集中課程から一般教養課程に進級できたのは入学者のわずか三分の一に止まり、このため学校として今後存続できるかどうかさえ危ぶまれている)、④授業料が一般の大学よりはるかに高額であり、加えて渡航費、米国での生活費の負担にたえられる学生がどれほどいるか疑わしいこと、⑤日本でも三年後から高校卒業生の数が減少に転じ、大学ですら経営困難に陥り、廃校を余儀なくされるものが出てくることが予想されているのに、大学卒業資格もとれない学校が存続できるかどうか甚だ疑問であること、にある。

このように、他の自治体の同種計画が運営資金問題等から軒並み延期、先送りになっているにもかかわらず、被告が本件学校誘致に熱心であり、昭和六三年二月に誘致を決断してから、市民多数の反対を押し切り、平成二年五月開校へと急いだ理由は次のとおりである。

もともと郡山市は、テクノポリス建設を大きな目標としてかかげており、その計画実現のための不可欠の要件として、大学の誘致、とくに技術系学部の立地が推進されてきた。前市長の時代に東海大学との間で医用理工学部及び文系学部の誘致交渉が進行し、既に存在する日本大学工学部等とあわせて、テクノポリス構想の学術面での核にする考えであった。ところが被告が市長になったのち、交渉の拙劣さから、ほとんどまとまりかけていた東海大学誘致の話がこわれてしまった。皮肉にも郡山地域テクノポリス開発計画は、その直後正式に国の指定を受けた。そこで被告が、東海大学誘致の失敗を糊塗するため、東海大学に代わる大学はないかと考えていたところに、前述の日米貿易拡大推進委員会が貿易摩擦解消の一助にと提唱していた米国大学誘致構想が発表され、これに飛びついたというのが真相である。

(5) 議会の議決との関係

被告は平成元年九月の市議会定例会に、本件学校の誘致に関する議案を提出し、議決を受けているが、右議決は、歳出予算ないし債務負担行為その他地方自治法九六条一項に定める議決のいずれにも該当せず、法的には特に意味のない、いわゆる「決議」にすぎない。また、今後誘致に要する費用の支出が歳出予算又は債務負担行為の形式で議決されても、議会の議決は公金支出の適法要件のひとつにすぎないから、右議決によって郡山市の本件学校に対する補助金支出が正当化されるいわれはない。

(6) 市民のコンセンサスがないこと

巨額の財政負担を伴う本件学校誘致が、郡山市にとって果して必要性・緊急性をそなえているのかどうか、郡山市の行政施策の中で優先性を認められるのかどうかについては、既に述べたとおり数多くの疑問がある。

ところが被告は、これらの点について十分な検討を行わず、また議会や市民に対して納得のゆく説明を何らしないままTAMUと正式協定に調印し、平成二年五月仮校舎による開校を強行した。

巨額の財政負担は、結局納税者である市民が背負いこむことになるのであり、これだけ将来に影響する大問題の決定については、市議会で充分時間をかけて議論すべきことは勿論、広く主権者である市民に判断資料を提供し、じっくりその意見を聞くべきである。市民は、賛成派が「A&M大郡山校開校促進期成同盟会」(武藤清会長)、反対派が「A&M大郡山誘致を考える郡山市民の会」(名木昭会長)をそれぞれ結成し、市議会に激しく陳情合戦を繰り広げており、この誘致問題についての市民のコンセンサスにはほど遠い。

(7) 結び

本件誘致計画は、前述のとおり、郡山市の財政負担が大きい割合に住民の福祉にさしたる寄与がなく、費用対効果のバランスを著しく失しており、他の行政施策との関係で優越性も緊急性もない。議会、市民に対する具体的な説明も甚だ不充分で、市民のコンセンサスには程遠い状態にあり、それどころか市民間に大きな反対運動が巻き起こっている。このような事業に被告は巨額の補助金交付及び助成を行おうとしているのであるから、右行為は裁量権の著しい濫用にあたり、地方自治法二三二条の二に違反し違法性を帯びる。

(二) 憲法一四条違反

(1) 地方公共団体の行政は、法令に適合していなければならないだけでなく、住民を平等に取扱うものであることを要し、不合理な差別は許されない。

前述のとおり私立学校振興助成法は、地方公共団体が学校法人等に対し、補助金を支出し、又は通常の条件よりも有利な条件で貸付金をし、その他の財産を譲渡し、若しくは貸し付けることができる旨を規定している(同法一〇条、付則二条一項)。

現在郡山市に所在する学校法人又は準学校法人の経営する学校の内訳及びこれらの学校に対する郡山市の補助金(昭和六三年度)は、次表のとおりである。

経常的補助金

学校の種別

設置数

郡山市の

支出する補助金

(昭和六三年度)

学校教育法一条

に掲げる学校

大学

一二九〇万円

高等専門学校

〇円

高等学校

二二〇万円

その他の学校

専修学校

一二

六六万円

各種学校

〇円

合計

二八校

一五七六万円

新設時の施設補助金

学校名

金額

日本大学工学部

三〇〇万円

郡山女子大学

一五〇〇万円

郡山女子大学短期大学部

一二五万円

合計

一九二五万円

すなわち、郡山市が市内の全専修学校に対して行う補助は年間六六万円であり、市内の三大学に対し新設時に行った補助は合計一九二五万円である。

(2) これに対し、本件学校に対して予定されている補助金の交付額は当初額が約二五億円であり(実質的には三二億円以上になる)、このほか助成として仮校舎用地の無償貸付と、本校舎用地約七〇〇〇〇平方メートルの無償提供が行われる。特定の一専修学校に対し、これほどの助成・補助を行うことは、明らかに平等取扱の原則に反している。

しかもこれほどの差別待遇をあえてすることについての合理性はとうてい見出し難い。既に述べたように郡山市には実用英語教育機関ないし米国大学入学準備コースの開設について住民にさしたるニーズがないし、テクノポリス都市をめざすのであれば、学校教育法上の正規の大学の振興のために補助・助成するのが筋であろう。しかるに大学に対する補助は、平成元年度において全体でわずか一二九〇万円にすぎず、明らかにバランスを失している。

逆に本件学校に対する補助・助成とのバランスを取ろうとすれば、郡山市は市内の既存の学校及び今後開始される学校に対して、本件学校程度の補助・助成をなすべきことになるが、これは郡山市の財政能力をはかるに越える不可能事であろう。

なお、国家予算における専修学校(約四〇〇〇校)に対する補助・助成の額が、昭和六二年度において一九億七五九七万余円にすぎないことと対比しても、郡山市の本件学校に対する補助・助成のケタ外れの高額ぶりは明らかである。

(三) 地方自治法二一四条違反等

(1) 歳出予算の金額・継続費の総額又は繰越明許費の金額の範囲内におけるものを除くほか、普通地方公共団体が債務を負担する行為をするには、予算で債務負担行為として定めておかなければならない(地方自治法二一四条)。

平成元年九月六日に開催された郡山市議会総務財政常任委員会における本件学校誘致議案に関する質疑において、理事者側は、右の議案は、本件学校を郡山に誘致することについて議会の意思を確認する趣旨のものであり、二五億円を限度とする市の債務負担行為の承認を求めるものではないこと、また右債務は被告が近くTAMUとの間で締結する「基本事項に関する協定」(以下「基本協定」という。)によって生ずるものである旨の答弁をした。

(2) 右の答弁によれば、基本協定は、郡山市に対して二五億円を限度とする債務負担の効力を生ずることになるから、あらかじめ歳出予算又は債務負担行為として議会の議決を得ておかなければ締結できない筋合いである。

しかし、右債務負担行為については、未だ市議会の議決がなされていないのであるから、直ちに基本協定を締結することは、地方自治法二一四条に違反し、違法である。

4  支出負担行為差止請求の適法性と必要性・緊急性

右基本協定の性格が地方自治法二三二条の三にいう支出負担行為に該当するか否かは必ずしも明瞭でない。

右協定が支出負担行為であると否とを問わず、被告は今後本件設立準備会又は認可後の法人に対して補助金の支出、敷地権利金の貸付など公金の支出をしようとするときは、その都度事前に改めて支出負担行為をしなければならない。

そうすると、右協定締結後の現在においても、請求の趣旨第一項の支出負担行為の差止請求は利益を有し適法であり、かつ平成二年五月の開校を前にして早急に暫定校舎敷地の取得・整備を行うべき時期にさしかかっており、そのための多くの支出負担行為(工事請負契約など)が近く行われようとしているのであるから、右差止の必要性・緊急性が存在する。

5  監査請求前置

原告らは、平成元年九月一八日、同月二一日及び一〇月二〇日の三回に分け、本件について郡山市監査委員に対し地方自治法二四二条第一項の規定する監査請求を提起した。

本件に関する地方自治法二四二条の規定に基づく監査請求に対して、郡山市監査委員は同年一一月一五日付で、合議による決定をなしえない旨の監査結果を原告らに対し通知するとともに公表した。この監査結果が出された結果、本件訴訟は監査請求前置要件を充足し、適法なものとなった。

よって、原告らは、被告に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき請求の趣旨第一、二項記載のとおりのと、同条の二第一項三号に基づき請求の趣旨第三項記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実について

(一) (一)は認める。ただし、TAMUとの接触は、昭和六二年三月ころから開始されている。

(二)(1) (二)の(1)は認める。

(2) 同(2)のうち、「準学校法人専修学校」との点は認めるが、「ただし、法人認可までの間は『私塾』とする」との点は否認。

(3) 同(3)は認める。

(4) 同(4)は認める。

(5) 同(5)は認める。ただし、これは平成元年九月時点の数字である。

(6) 同(6)は認める。ただし、「学校設置計画書」の提出は、平成二年三月末日ころである。

(7)① 同(7)の①のうち、「ただし、仮校舎の敷地(晴門田)七〇二一平方メートル 郡山市が無償貸与する。」との点は否認し、その余は認める。

② 同(7)の②のうち、

1(補助金の項)の①乃至④までは認め、⑤は否認。

2(助成の項)は認める。

3(財政調整基金の設置の項)は認める。1の⑤の運営費というのが財政調整基金である。

(三) (三)は認める。ただし、本件学校の前身たる私塾の設置主体とある点は否認。

なお、総務財政常任委員会資料において「私塾による開校期間内は、必要経費については、学校法人設立準備会において調達する」と記載されている「私塾による開校期間内」とは、「学校法人認可以前の期間内」の意味にすぎない。

(四)、(五)は認める。なお、大高善兵衛との契約は、市有財産の一時使用契約である。

2  請求原因2の事実について

(一) (一)の(2)は否認する。

(二) (二)は否認する。

3  請求原因3の事実について

(一) (一)の(2)のうち、本件学校の誘致計画によれば、本件学校では、五月から一二月までの八か月間を英語集中課程とし、その後二〇か月間の教養課程を終了すると米国の本校へ行き、専門課程に入ることが予定されていること、米国の本校に行けなくなった学生は、短大卒の資格も得られないから、他の四年制大学の後期課程への編入が不可能であるほか、短大卒を資格要件とする多くの国家試験の受験資格もないこと、本件学校の誘致については国又は県の補助・助成が一切行われていないことは認める。本件学校のように外人教師を招いて行っている実用英語の教育機関は、わが国では大中都市を中心に極めて多数存在し、東京都内の専修学校及び各種学校だけでも四一校があることは不知。その余は否認する。

本件学校の教育内容は、TAMUの卒業を目標としてなされるものである。TAMU本校には、世界各国から多数の留学生が学んでいるが、これらの留学生には、TAMUの専門課程へ進むために、TAMU本校独自の集中講座が実施されている。本件学校でも、TAMU本校で実施されているものと同様の内容をもつ授業が行われるのであって、単なる実用英語の教育にとどまらないものである。

(二) (一)の(3)のうち、TAMUは、本件学校のノウハウ提供の義務を負うだけで、その設置運営費を一切支出せず、右の経費は民間有志の寄付及び授業料等の収入を除くほかは、派遣教員の給料、住宅等を含めてすべて郡山市が負担するものであること、本件学校では独立採算制が行われ、平年度における収入(授業料、入学金、受験料、成人講座)合計五億一四〇〇万円、支出(学校運営費、教職員給与等)五億一四〇〇万円でバランスすると計算されていることは認める。但し、この数字は計画の見直しにより若干数値に違いが生じている。その余は否認する。

(三) (一)の(4)のうち、米国大学分校を自治体が誘致しようというアイデアは、昭和六一年に日米の国会議員が結成した日米貿易拡大促進委員会が、若年人口が減る米国大学の活路を開拓し、あわせて日本の貿易黒字減らしに資するため、自治体に呼びかけたことにはじまるものであること、日本の自治体側は、低成長時代の地域活性化、国際化の核になるのではないかとの思惑から、呼びかけに応じて分校誘致の名乗りをあげたものが三〇団体にも及び、一時は「誘致ブーム」を現出したこと、現在までに開校にこぎつけたのはわずかに新潟県中条町のサザン・イリノイ・ユニバーシティ一校のみであること、ほかに七県市が平成元年の春までに相手方との間で趣意書に調印したが、正式契約に至ったのは秋田県雄和町だけであったこと、もともと郡山市は、テクノポリス建設を大きな目標としてかかげており、その計画実現のための不可欠の要件として、大学の誘致、特に技術系学部の立地が推進されてきたこと、前市長の時代に東海大学との間で医用理工学部及び文系学部の誘致交渉が進行し、既に存在する日本大学工学部等とあわせて、テクノポリス構想の学術面での核にする考えであったことは認める。米国大学分校を自治体が誘致するという提唱は、多分に政治的経済的動機に基づく発想であること、六団体については議会や市民の反対が強く、正式協定成立の目途がたっていない状況であること、他の自治体の同種計画が軒並み延期、先送りになっているのは、原告ら主張の理由によるものであることは不知。その余は否認する。

(四) (一)の(5)のうち、誘致に要する費用の支出が歳出予算又は債務負担行為の形式で議会で議決されたとしても、議会の議決は公金支出の適法要件の一つにすぎず、右議決によって郡山市の本件学校に対する補助金支出が正当化されるいわれはないとの点は否認するが、その余は認める。

(五) (一)の(6)のうち、被告がTAMUと正式協定に調印し、平成二年五月仮校舎による開校をしようとしていること、市民の賛成派、反対派がそれぞれ会を結成して、市議会に激しく陳情合戦を繰り広げていることは認めるが、その余は否認する。

(六) (一)の(7)は否認する。

(七) (二)の(1)は認める。(2)のうち、国家予算における専修学校(約四〇〇〇校)に対する補助・助成の額が昭和六二年度において一九億七五九七万余円であることは不知、その余は否認する。

(八) (三)の(1)は認める。(2)は否認する。

4  請求原因4の事実は否認する。

5  請求原因5の事実は認める。

三  被告の主張

1  本件学校誘致の経過

(一) 本件学校の誘致に関する今日までの経過

(1) 郡山市は、国際化、情報化、技術革新、高齢化等の二一世紀型社会を迎えつつある我が国の動向を踏まえ、心安らかに、快適に、安全に暮らせるような生活環境を実現すべく、「生きがいのある、活力にみちた“近代福祉都市”」を建設するため、昭和六二年三月、「郡山市第三次総合計画」を策定した。この計画は、新福島県長期総合計画や、郡山地域テクノポリス開発計画等との整合性を図りつつ、地域の特性を生かし、連帯と強調のなかで、望ましい福祉社会、豊かな生活が確保できる二一世紀をめざし、心のかよいあう協力社会をつくらんとするものである。

そして、その「施策の大綱」の中には、「市民参加による均衡ある町づくりの推進」が掲げられ、さらにその具体的内容の一つとして、「国際交流の促進」が明記されているのである。

こうして郡山市では、多様化する国際化に対応するため、積極的に国際交流活動を推進し、国際感覚にあふれた人材を育成するため、各種の事業を行ってきた。その中には、青年の海外派遣研究事業である「青年の翼」や、外国人教師の招へいなどが含まれる。

(二) さらに、テクノポリスとの関連を明らかにすると、まずテクノポリスとは、一言でいえば、「高度技術集積都市」ということになろうが、具体的には、地域の豊かな文化・伝統と美しい自然の中に高度技術産業の活力を導入し、産(電子、機械等の高度技術産業群)・学(学術研究機関、試験研究機関)・住(うるおいのある快適な生活環境)が調和した新しいまちづくりを意味するもので、通産省の主導にかかる構想であるが、郡山市は、昭和六一年一二月三日、この開発計画の国による承認(地域指定)を得た。

前記「郡山市第三次総合計画」も、このテクノポリス指定を念頭に置いて、テクノポリスの母都市たる郡山市を中心に、「郡山地域テクノポリス建設」のため、様々な検討を行っており、その一つに、学術・試験研究機関の整備が掲げられているのである。

また、このテクノポリス構想は、その計画の中で「開発ゾーンの整備」を挙げているが、そのうちの一つである「西部開発ゾーン」では、西部工業団地の整備とともに、これに隣接する地域に研究機関を誘致し、さらに住宅機能を加えたうえで、これらが有機的に連携されるような複合的都市開発を目指し、先に一言した「西部学園都市基本構想計画」が策定され、その実現に向けて努力が傾けられてきたのである。

ここで、「郡山市西部学園都市基本構想計画」について簡単に触れると、これは、高等教育機関の適正配置や、文化学術研究基盤の充実を促進するため、新たな高等教育機関や研究機関の整備を軸として、都市整備を促進することを基本的な構想とするものである。そのため郡山市では、この基本構想を策定するため、上位計画との整合性や開発能力及び整備課題の検討等を行うため、平成元年度において調査費を計上し、郡山市片平町水穴山周辺地域を事業地域と定めて、同地域の適地性についての検討に入っている。

(三) このような経過から、郡山市では、かねてより高等教育機関の振興をはかり、また新たな高等教育機関の誘致を積極的に推進せんとして来た。そして、右に述べたようなテクノポリスの母都市として、地域の活性化をはかり、学術文化等の向上に貢献していかなければならないこと、二一世紀を展望し、東北の中枢都市として郡山市が発展するためには、国際的感覚を備えた社会人の育成が不可欠であること等々の見地から、国内大学にとどまらず、広く世界に目を向けての高等教育機関の誘致が検討されたのである。

ところで、郡山市では前市長の時代に、東海大学の誘致(学部新設)に向けて積極的に交渉を行ってきたが、郡山市の財政負担の点で折りあいがつかなかったことが原因で、結局のところこの交渉は解消されるに至った。因みに、この大学誘致の際、郡山市が負担すべきものとされた金額は八五億円であり、この大学は、これでもなお不足であるとして一〇〇億円以上の負担を求めたのである。

(四) このような経過を経て、米国の大学であるTAMUが注目されるところとなった。

同大学は、名前こそ「農工大」であるが、全米では有数の総合大学であり、かつまた産学共同研究の分野では高い評価を受けている大学であったので、前記のような構想、即ち、国際化を推進するとともに、テクノポリス構想との関係では産・学の有機的結合を目指す郡山市にとっては、願ってもない対象であった。

すなわち、郡山市では、昭和六一年一〇月以降、TAMUの誘致について調査検討を進め、市及び市議会大学誘致特別委員会代表による渡航調査も実施し、市議会一般質問、総務財政常任委員会、大学誘致特別委員会において、鋭意検討が重ねられた。また、TAMUの側でも、学長、副学長など、郡山校プロジェクト委員の郡山市訪問があり、双方の意識が深められていった。

同大学は、一八七六年の開校で、創立一一三年の伝統を誇り、一一学部、学生総数三万九千余名を数え、教授陣は、ノーベル賞受賞者三名を含む二、三〇〇名を擁する、米国屈指の総合大学である。

郡山市では、将来の都市構造、そして郡山市がテクノポリスの指定を受けた母都市として、機能集積地域として発展しなければならない立場にあること等々を勘案したうえで、TAMU日本校を郡山市に誘致することが郡山市の将来にとって極めて有益であるとの判断を下し、誘致促進に向けて努力を重ねてきたのである。

2  郡山市と本件設立準備会との関係について

(一) 「憲法八九条違反」の主張について

(1) この主張は、専ら、本件事業に対する原告らの誤解に基づいているものである。すなわち、郡山市は、学校法人(本件では準学校法人)でないものに対し、何等の援助も行っていないのである。

(2) 原告らは、「本件の場合、郡山市は、任意団体である本件設立準備会に対し、同市が本件学校について行う補助金を支出し、市有地を無償提供し、その後本件学校が学校法人として認可、設立されたのちに本件設立準備会が右補助金を学校法人たる本件学校に交付するという手順を予定している」旨主張する。

しかしながら、郡山市は、学校法人認可前の本件設立準備会に対しては、市の予算からは一円たりとも支出しないし、市有地についても、無償の貸与などは全く考えていないのである。

本件学校の開校及びそれに引き続く学校法人の認可までは、全て本件設立準備会によって、その費用の全てが賄われるものである。

すなわち、平成元年一一月一〇日から平成二年三月三一日までは、本件設立準備会は寄付金と借入金(及び若干の雑収入)で本件学校を運営し、平成二年度は、主として授業料収入等によりこれを運営していくのであって、郡山市が本件学校に対して支出をするのは、平成二年度の、本件学校の学校法人認可後なのである(ここで一言しておけば、郡山市の支出する二五億円というのも、単年度で支出するのではなく、平成二年度から平成六年度にかけてなのであり、郡山市の負担もこれに留まるのである)。

本件設立準備会の役員には、郡山市の有力財界人数名も名を連ねているが、このことは、これら財界人の本件事業に対する理解は勿論のこと、右のような準備会の当初の財政運営とも決して無関係ではないのである。

(3) さらに、本件学校開校当初は、郡山市所有の本件土地上の仮校舎にて授業が行われるのであるが、この土地も郡山市は無償で貸与するのではなく、郡山市財産規則のとおり、然るべき賃料を収取するのである。

(4) 右のとおり、郡山市は、本件学校の準学校法人認可前には何等の支出をしていないのであるから、原告らの憲法違反の主張はその前提を欠くものといわざるをえない。因みに、この点は、郡山市監査委員も全員一致で認めているところである。

(二) 市有地の貸付について

(1) 「地方自治法九六条一項六号違反」の主張について

ア 先に一言したとおり、市有地の大高善兵衛に対する貸付契約は「市有財産一時使用契約」であるが(以下「本件契約」という。)、本件契約の一時使用料は年額八九四万円であり、これは適正な対価であるから議会の議決を要せず、したがって右条項には違反しない。その理由は次のとおりである。

イ 本件契約は高度の公益性を有している。

すなわち、郡山市では、来るべき二一世紀を展望したときに、国際的感覚を備えた社会人の育成が不可欠であるとの観点から、広く世界に目を向けて、高等教育機関の誘致を決断しているのであり、本件契約は、まさにこのような計画の一環をなすものである。そしてそれは、同じく郡山市の二一世紀を支えるべき西部学園都市基本構想計画に基づき、西部開発ゾーンに本校舎を建設するまでの暫定的契約というべきものなのである。

ウ 次に、その算出方法も決して不合理なものではない。右一時使用料は年額金八九四万円とされているが、これは次のようにして算出されている。

すなわち、本件契約の対象となる本件土地は市有地のため評価額が存在しないので、右土地に隣接する郡山市本町一丁目三七番の土地の評価額を基準とし、さらに、前述のような計画の高度の公益性、最近の利回り状況等を勘案したうえ、右評価額の一〇〇分の三をもって使用料としているのである。

エ なお、原告らは、権利金にも触れているので、この点について一言する。

権利金の性質或いは内容には様々なものがありうるが、郡山市では指摘のとおり本件契約について権利金を収受していない。

その理由は、そもそも本件契約が、高度の公益性を前提とし、さらに一時使用目的であることに加え、普通財産の貸付に際しては、仮に権利金を収受するとすれば、それは特に場所的利益が明確に期待しうる、というような場合に限るべきであり、また、一般的にそのような運用がなされていることを考慮したためである。

オ 原告らは、東京都の例を引いて賃料、権利金を云々するが、東京都の例がそのまま郡山市に妥当しないことは勿論のこと、さらに郡山市では、右のような合理的な理由に基づいて前出の適正な使用料を算出しており、また、権利金を収受しないこととしているのであるから、この点につき何等違法な点は存しないのである。

(2) 「地方自治法二三四条二項違反」の主張について

ア 随意契約の方法による本件契約は、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号に該当するものであり適法である。その理由は次のとおりである。

イ すなわち、所謂普通財産は、本来は自らが使用することを目的とするもので、一般的に他に貸付することを主目的として保有しているものではないところから、そのようなものの貸付けを行なう場合、そもそも公募による入札には馴染まない、と思料されるからである。さらに、本件の場合には、仮校舎を建設するための敷地としての利用であるから、借受の相手方としては本件設立準備会以外には考えられないのである。

とすれば、本件契約は、右法条の「その他の契約で、その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」に該当するというべきである。

ウ 因みに、実務上、普通財産の時価貸付に際し、一般競争入札、指名競争入札によることは稀であり、郡山市の場合には、郡山市財産規則第二八条により「公有財産管理権者は、普通財産の貸付け及び貸付け以外の方法により普通財産を使用させようとするときは、当該普通財産を借り受けようとする者から、普通財産借受等申請書(第一三号様式)を提出させなければならない。」と定め、使用者に一定の条件が備わっていれば貸付けているのが例である。本件の場合にもこの規則にしたがっていることは勿論である。

したがって、原告らの違法確認の請求も理由がない。

3  本件学校に対する助成・補助について

(一) 「地方自治法二三二条の二違反」の主張について

(1) 学校法人認可前に郡山市が本件学校に対し何等の支出をしていないことは前述のとおりであるが、認可後の支出が「公益上必要がある場合」に該当するか否かにつき、以下検討を加える。

(2) この、「公益上必要がある場合」の検討については、先に、本件学校誘致に至る経過のところで述べたことがそのまま妥当する。

すなわち、郡山市では、先に明らかにしたように、国際化の時代に備え、また、テクノポリスの指定などを踏まえて、郡山市の公益に資する、との判断から、市民の代表者たる市議会とも連携しつつ、本件学校の誘致を決定し今日に至っているのである。

また、先の市長選挙においても、本件学校の誘致の問題が一つの争点となり、これを積極的に推進すべしとする現市長が当選したのである。したがって、本件学校の誘致は、市民(その代表者たる市議会)の支持のもとに実施されている事業であるから、基本的に郡山市の公益上の必要に適うものであるが、以下原告らの主張する点について反論する。

(3) まず、原告らは、本件に関する支出が郡山市にとって過大である旨主張するので、この点を検討する。

ア 結論から述べれば、郡山市の財政状況は、極めて順調に推移してきており、今後も同様であることが予測されるので、本件の支出(学校法人認可後の)が郡山市にとって過大であるとはいえない。

イ すなわち、その財政力指数は、郡山市の場合年々向上する傾向を示し、経常収支比率も比較的低い数値で推移し、他の同じような規模の都市に比して良好である。さらに、公債費比率の数値も安定している状況を示すなど、客観的な数値によれば、郡山市の財政状況は年々安定化の傾向を示し、将来的にも郡山市の財政状況に懸念されるような不安材料はないといってよい。

したがって、平成二年度から同六年度にかけてトータルで支出する二五億円の数字は、郡山市に対して回復困難な損害を与えるようなものではないのである。

ウ また、原告らは、郡山市の財政負担額がこの二五億円を超えることを懸念しているが、郡山市が支出する二五億円というのは、仮に本件学校に赤字が発生した場合に、その補填に要するところの財政調整基金をも含んでいるのであって、この点は、後述する基本協定のなかでも明記されているのである(第七条2項「郡山市は、TAMUとの協議の下に、本協定第五条に定める地域内に、校舎機能及び教職員宿舎を一九九二年一二月完成を目途として整備・建設するために必要な資金及び本件学校法人によるTAMU―K《本件学校》運営上、例外的に生じる赤字補填に要する財政調整基金を含め二五億円を上限に、郡山市議会における議決を得た上で、本件学校法人認可の後、支出する」)。

エ 先に一言したとおり、郡山市では、前市長の時代に、東海大学を誘致せんとして種々運動した経緯があったが、この時の郡山市の財政負担額は、当初が八五億円であり、同大学はこれでも不足と主張したのである。この、東海大学誘致運動を展開しているころ、右の八五億円の財政負担が郡山市にとって過大であるとの主張なり反対運動は、少なくとも原告側からは出ていなかったものである。

(4) 市民のコンセンサスの有無

本件誘致事業が市民の代表者たる市議会の同意を得て進展してきたことは先に一言し、さらに後述するとおりである。また、本件学校の誘致を推進する現市長が、先の選挙で当選したことも既に述べたとおりである。したがって、本件事業の推進については、基本的に民主的な過程を経てきているが、郡山市ではさらに、市民各位に対し、本件事業をできるだけ正確に理解してもらおうとして、郡山市の広報紙である「広報こおりやま」紙上に、再三に亘って本件学校誘致問題について掲載してきた。

そして、本件ではどちらかといえば本件誘致への反対派の活動のみがクローズアップされている嫌いがあるが、誘致賛成派も存在していることは決して看過すべきではない。

(5) 以上のような諸点からすれば、本件誘致が「公益上必要がある場合」にあたることは明らかである。

(二) 「憲法一四条違反」の主張について

(1) 原告らは、他大学等への補助と比較して、本件学校への学校法人認可後の支出が均衡を失する、と主張しているので、この点について一言する。

(2) そもそも、原告らの主張は、各学校に対する支出の時期自体が異なるので、単純に公平であるとかないとかはいえないものであるが、日本大学工学部の場合を取り上げると、同学部は、学部用地として、福島県が国から取得した土地の無償貸与を受けていたが、この土地の評価は、昭和二五年当時、一一万二八五坪九八で、五五万一四二九円余であった。当時の貨幣価値との比較は必ずしも容易ではないが、これに比した場合、郡山市が同学部に支出した三〇〇万円という金額が相当に多額のものであったことは間違いない。

(3) いずれにしても、このような教育機関に対する支出は、その折々の郡山市の意図する公益目的、公益上の必要や、郡山市の財政状況等々に照らして判断されなければならないものであって、単純に数値を合計して云々するわけにいかないことはいうまでもない。

(三) 支出負担行為の適法性について

(1) 郡山市では、平成元年八月二八日提出の議案第一七四号により(これが地方自治法九六条に定める議決事件そのものではないにせよ)、本件学校の誘致に向けて行動するにあたり、行政の円滑化を期するため、民意を代表する市議会の団体意思を確認することとした。郡山市議会は、平成元年九月一一日、右議案を賛成多数で可決した。

(2) さらに、郡山市では、平成元年郡山市議会第三回臨時会において、平成元年一一月一三日、議案第二三二号「平成元年度郡山市一般会計補正予算案」を提出し、本件学校の誘致に関する債務負担行為の追加を求めた(これによれば、期間が平成元年度から平成六年度までとされているが、現実に支出するのは本件学校の準学校法人認可後の平成二年度以降であることが明らかである)。郡山市議会は、同日、賛成多数によりこれを可決した。

したがって、少なくとも現時点においては、原告らの主張するような、地方自治法二三二条の三違反の問題は解消されている。

(3) 郡山市では、右のような経過を経て、平成元年一一月二八日、TAMUとの間で基本事項に関する協定を締結したが、この第一一条5項からも明らかなとおり、「本協定は、郡山市議会及びテキサス州の権限ある機関の承認が必要な事項については、その承認をもって有効とすることをここに確認する」として、あくまでも市民を代表する市議会の意思を尊重することを明記しているのである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一当事者及び監査請求前置について

弁論の全趣旨によれば、原告らが、郡山市の住民であることを認めることができる。また、請求原因5の事実については、当事者間に争いがない。したがって、原告らの本件訴訟の提起は適法であるというべきである。

第二本件学校誘致の経過

当事者間に争いのない事実及び〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

一郡山市は、昭和五三年、同市の総合的・計画的な市政運営の指針として、「郡山市新総合計画」を策定し、その施策の一つとして同市の高等教育機関の充実を掲げていた。そして、当時の郡山市長高橋堯は、昭和五七年ころから、大学の誘致構想を進め、東海大学との間で、昭和五九年七月五日、同大学の新学部(医用理工学部及びその他の一学部)を同市に設置する協定を締結した。右協定において、同市は、同市議会の議決を要するものについては、その議決を経るとの条件のもとに、同大学に対し、右新学部の用地として約四九万五〇〇〇平方メートルの土地を無償で譲渡し、その造成等を行うものとしていた。なお、右用地の取得、造成等に要する費用は、四〇億円程度と概算していた。

二昭和六〇年四月、郡山市長に青木久が当選したが、同市は、引き続き前記の東海大学の新学部誘致を進めることとした。昭和六一年二月二二日に行われた同市と同大学間での事務協議において、右新学部を開設するために要する経費(概算一二五億円)のうち、同市の負担する額は、前記用地の取得、造成費用等を含め、八五億円を限度とすることなどが決められ、それを超える分(概算四〇億円)については、双方が、寄付金を募って調達する方向で話し合いが進められた。ところが、その後、同大学は、右新学部設置に関して寄付金を募るのは困難であるとして、右経費の残額全部について、同市に負担を求めてきた。これに対し、同市は、その財政上右経費全部の負担は困難であると判断し、同年秋ころには、事実上、同大学の新学部誘致の計画は中断した。その後、昭和六二年五月二五日、被告及び同大学の間で、正式に前記新学部誘致の協定を解消する旨の合意がなされた。

三ところで、同市は、昭和六二年三月、その総合的・計画的な市政運営の指針として、上位計画である「郡山地域テクノポリス開発計画」及び「新福島県長期総合計画」等との整合性をはかりつつ、新たに「郡山市第三次総合計画」を策定した。

右計画においては、「国際交流の促進」が一つの柱とされ、積極的に国際交流活動を推進し、豊かな国際感覚を身につけた人材の育成に努めることや国際交流活動の拠点となる国際的施設の整備促進を図ることなどが定められる一方、教育・文化の分野については、国際化・高度情報化時代に対応した教育の実践、研究機能・高等教育機関などの整備拡充を促進することなどが定められた。また、国の承認(地域指定)を受けた前記「郡山地域テクノポリス開発計画」においては、同市を中核都市とする周辺地域を、『テクノポリス』すなわち、地域の文化・伝統、豊かな自然に高度技術産業の活力を導入し、「産」「学」「住」が調和した都市にするという構想のために、「学」の分野として、特に、理工系の大学、官・民の研究所等の学術研究機関・試験研究機関等を整備・充実することが同市の課題とされていた。

四こうしたことから、同市は、引き続き東海大学に代わる高等教育機関の誘致を進めることとしたが、国内大学誘致の調査・検討と並行して、昭和六一年一〇月ころから、国会議員らで組織する日米貿易拡大促進委員会の仲介のもと、米国大学の日本校の誘致についての調査・検討も始め、昭和六二年三月ころからは、同市への進出に前向きの姿勢をとったTAMUがその具体的候補としてあがった。

被告は、その後の調査・検討を通じて、TAMUが、米国でも有数の理工系学部を有する総合大学であり、特に産学共同研究の分野で高い評価を受けていることなどから、その日本校を誘致することが、前記テクノポリス計画に沿った高等教育機関の充実にも適し、かつ、国際感覚を身につけた人材の育成、国際交流の促進にも役立つとの判断から、本件学校を誘致するのが相当であると決断した。そして、昭和六三年二月一〇日、TAMU副学長ドナルド・マクドナルドとの間で、「同市は同市議会の承認を得、TAMUは理事会の承認を得て、本件学校を同市に設立することについて相互に検討に入る」旨の趣意書を正式に交わした。

五これを受けて、同市議会においても、大学誘致特別委員会・総務財政常任委員会での委員会審議、定例会・臨時会での本会審議を通じ、本件学校の誘致について検討を重ねたが、右誘致案が具体化するにつれ、賛否両論の活発な議論がなされた。一方、同市の市民の間でも、本件学校の誘致について、賛成・反対の立場から、それぞれ、市民運動が展開され、同市に対する陳情等が行われた。

その反対の主な論拠は、①米国州立大学は、州法により州外への資金の持ち出しが禁止されており、本件学校を誘致した場合、その運営費等で同市の財政的負担が過大になるおそれがある、②日米両国の法制の違いから、本件学校は、学校教育法による大学の認可を受けることができず、本件学校(教養課程)・TAMU本校(専門課程)を卒業しても、学士の資格が得られないこと、学生の英語力の問題もあり、TAMU本校(専門課程)への進学、卒業に困難が伴わないか危惧があること、授業料等が高額であること等から、学生が集まるか疑問である、③大学誘致は、父母の財政負担軽減を図ることも目的であったから、国内大学を優先すべきである、④いまだ、市民のコンセンサスを得ていない、等である。

六このような経過を経て、平成元年九月一一日、同市議会九月定例会本会議において、被告の提案した市議会の団体意思確認としての「同市は本件学校を誘致するものとする。」旨の本件学校誘致議案が可決され、同年一一月一三日には、同市議会第三回臨時会において、本件学校誘致事業費として、平成元年度から平成六年度までの期間に、二五億円を限度として支出する旨の債務負担行為が、賛成二五、反対一七の賛成多数で可決された。そして、同年一一月一〇日、本件学校についての運営・学校法人設立等の事業をするため、本件設立準備会が設立され、その理事長には被告が就任した。

七同月二八日には、同市及びTAMUとの間で、「本件学校誘致に伴う基本事項に関する協定」(以下「基本協定」という。)が、締結された。基本協定においては、①本件学校は、TAMUの専門課程への進学を念頭に置きつつ、一般教養課程として、人文系、理工系、ビジネス系の三コースを置き、その履修に必要な英語集中講座を実施すること、②本件学校の開校時期を平成二年五月とすること、③本件学校の運営は、独立採算を旨とすること、④同市は、本件学校の設置・運営主体となる本件設立準備会を設置し、その事業に協力すること、⑤本件設立準備会は、平成二年一二月三一日までに学校法人を成立し、本件学校が専修学校として認可されるよう図り、学校法人設立時まで、本件学校の運営にあたること、⑥同市は、本件学校の建設に必要な土地を準備し、同市議会における決議を得たうえで、二五億円を上限に、右学校法人設立後、本件学校の運営から生じた例外的な赤字補填に要する財政調整基金を含め、平成四年一二月三一日の本校舎の開校予定時までに必要な校舎・施設及び教職員宿舎の改良・建設に要する資金を供すること、右宿舎は、同市内に設定した場所において、無償供与されるものとすること、⑦TAMUは、本件学校において、教養課程及び英語集中講座をTAMUの授業と同程度の水準で実施し、その他、同市の国際化推進に協力し、同市民のために英語による成人教育講座を実施することなどが定められた。

また、同日、基本協定に基づいて、本件設立準備会とTAMUとの間で「本件学校運営に関する契約書」が締結され、本件学校の運営の細則の取決めがなされたが、その中で、本件設立準備会が本件学校の開校準備資金を調達し、その必要な用地、教室、図書館などの建物その他設備、什器・調度品を用意、維持し、また、その教職員用宿舎を準備することなどが定められた。

八被告は、平成二年三月一五日、本件設立準備会の副理事長大高善兵衛に対し、本件土地について、本件学校の本校舎建設までの暫定校舎敷地として、使用期間を同日から平成六年四月三〇日まで、使用料を年額八九四万円とする旨の約定で貸し付けた。本件設立準備会は、株式会社郡山建設リースに依頼して、本件土地上に本件学校の暫定校舎を建設したが、右暫定校舎は、同社が所有し、本件設立準備会がそれを借り受けるという方式をとり、そのため、本件土地のうちの右暫定校舎敷地部分を、同社代表取締役高橋光男に対し転貸することとし、平成二年四月六日、被告は、右転貸を承認した。

九本件設立準備会は、本件学校の平成二年五月開校に向けて、初年度の生徒募集を行ったが、三次募集まで行って、定員一七〇名ないし二〇〇名に対し、応募者一二三名、受験者一一一名、合格者八七名、入学手続をした者六六名であった。この学生の定員割れにより、授業料等の減収が見込まれ、初年度の本件学校運営費は、二〇〇〇万円の赤字が見込まれている。

第三本件設立準備会に対する助成・補助の違法性についての判断

一憲法八九条違反の有無について

原告らは、「郡山市は、本件設立準備会に対し、同市が本件学校について行う補助金を支出し、市有地を無償提供し、その後本件学校が学校法人として、認可・設立されたのちに、本件設立準備会が右補助金を学校法人たる本件学校に交付するという手順を予定している」として、右補助金の支出及び市有地の無償提供について、憲法八九条後段に反すると主張するが、前記認定のとおり、同市が、本件設立準備会に対し、補助金を支出し、あるいは、同市の市有地を無償で提供したという事実は認められず、また、そのようなことが将来においてなされるとの事実も認められないから、原告らの主張は、その前提を欠き、その余について検討するまでもなく採用できない。もっとも、前記認定のとおり、被告は、本件設立準備会の副理事長である大高善兵衛に対し、本件学校の本校舎建設までの暫定校舎敷地として、同市の普通財産である本件土地を有償で貸し付けているが、仮に、右貸付の対価が、時価に比し著しく低廉な価額であって、右貸付が公的な財政援助と認められるような場合には、なお、憲法八九条後段に違反しないかについて、さらに検討すべきことになるが、右貸付の対価は、後述のとおり、時価に比し著しく低廉な価額であるとは認められないから、右貸付について、憲法八九条後段との抵触は起こらないというべきである。

二市有地の貸付について

1  地方自治法九六条一項六号違反の有無について

原告らは、被告が、市有地である本件土地を、権利金を徴収することなく、不適正な対価で貸し付けたのであるから、地方自治法九六条一項六号により市議会の議決を要するものというべきところ、これを経ていないので、右貸付は違法である旨主張する。しかし、同条一項六号は、普通地方公共団体の財産を適正な対価なくしてこれを貸し付けること等を、その議会の議決事項と定めているが、それは、これらの行為により、普通地方公共団体の財産が実質的に減少するため、その公正・妥当性の判断を議会に委ねたものであり、したがって、右にいう適正な対価なくしてこれを貸し付けるとは、当該貸付行為により普通地方公共団体の財産が実質的に減少すると認められる場合、すなわち、無償又は時価よりも著しく低廉な価額による貸付であると解するのが相当である。そこで、本件について検討すると、本件土地の貸付の内容は、前記認定のとおり、その使用目的は本件学校の本校舎建設までの暫定校舎敷地としてであり、その使用期間は平成二年三月一五日から平成六年四月三〇日までで、その使用料は年額八九四万円の割合とする旨の約定となっており、右貸付は、その使用目的・期間等に照らすと、一時使用の賃貸借であることが明らかである。また、右貸付料の算定方法についてみると、〈証拠〉によれば、同市において財産等を貸し付ける場合、その貸付料は通常その財産等の評価額の三パーセントを基準にして算定しているところ、本件土地は、市有地であるためその評価額が存在しないので、その道路をはさんだ隣接地である郡山市本町一丁目三七番の土地の評価額を基礎とし、また、本件土地が、普通財産であり、本来貸付を目的としているものではないこと、その使用目的は、本件学校の暫定校舎敷地として一時使用を認めたものであり、同市の施策として進めている高等教育機関の誘致の一環であって、公益性を有するものであること、その他当時の金利の動向等の諸事情を勘案して、右隣接地の評価額の三パーセントとしたこと、権利金を徴収しなかったのは、これまで、同市として、財産等を一時使用として貸し付けた場合に権利金を徴収した例がなく、福島県内の他の市町村でもその例がなかったこと、本件土地は、駅に近接しているものの、いわゆる市の繁華街からは外れた位置にあり、また、鉄道の線路が隣接していて、その騒音もあるなど、本件土地が、特別な場所的利益を期待できる土地ではないこと等の諸事情を考慮したためであることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。そうすると、本件土地の貸付の対価は、権利金を徴収しなかった点も含めて、右貸付が一時使用の賃貸借であること等の諸般の事情を考慮して、一応合理的な根拠に基づき算出されたものであって、時価より著しく低廉な価額ではないものと認められる。したがって、本件土地の貸付は、適正な対価なくしてこれを貸し付けた場合には当たらず、地方自治法九六条一項六号違反の問題は生じない。

2  地方自治法二三四条二項違反の有無について

本件土地の貸付は、前記認定のとおり、被告及び右大高との間で随意契約の方法により行われたものである。そこで、本件土地の右貸付が、地方自治法二三四条二項に違反するか否かについて検討すると、〈証拠〉によれば、本件土地は、同市が将来都市街路事業等の用地を取得するための代替地とする予定で所有していた普通財産であり、したがって、その貸付をする場合でも、長期にわたることはできず、一時使用の形態でしか貸し付けることができない土地であるところ、右貸付の申込は、一時使用の賃貸借であったこと、本件土地を、本件学校の暫定校舎敷地として貸し付けることは、同市の本件学校を誘致するという政策に合致しているものであること、本件土地については、他に一時使用の形態で借り受けたいとの申出がなかったこと、被告は、これらの事情を考慮して、右契約を随意契約の方法により行ったものであることが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。そうすると、右貸付契約は、本件土地の特質、右契約の目的、内容等に照らし、不特定多数の者の参加を求め競争原理に基づいて契約の相手方を決定するという競争入札になじまず、同法二三四条二項の趣旨を受けて規定された同法施行令一六七条の二第一項二号にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」に該当することは明らかであって、被告が同様の判断をしたことに合理性を欠く点があるということはできない。したがって、右契約を随意契約の方法により行ったことは同法二三四条二項に違反しない。

また、今後、同市が本件設立準備会に対し、本件土地以外の市有地を貸し付け、又は譲渡することは、これを認めるに足りる証拠はない。したがって、それらの差し止めを求める原告らの主張は、その前提を欠き採用できない。

第四本件学校に対する助成・補助の違法性についての判断

一地方自治法二三二条の二違反の有無について

原告らは、同市の予定している本件学校に対する助成・補助について、同市の財政負担が過大な割には、住民の福祉にさしたる寄与がなく、他の行政施策と対比しても優越性、緊急性が認められないのにもかかわらず、被告は、市民の理解も得ていない現段階で、それを強行しようとしているのであるから、右行為は裁量権の著しい濫用にあたり、地方自治法二三二条の二に違反し違法である旨主張するので、検討する。

同法二三二条の二により、普通地方公共団体は、「その公益上必要がある場合」には、寄付又は補助をすることができるとされているが、右にいう「その公益上必要がある場合」にあたるか否かは、住民全体の福祉の向上という理念に照らして、当該寄付又は補助の目的が正当であるか、その態様、程度が相当であるかなど、諸般の事情を考慮して判断されるべきであるが、その当否の判断については、当該地方公共団体の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当であるから、その判断が著しく不合理で、裁量権を逸脱又は濫用していると認められる場合にのみ違法となるというべきである。

これを本件についてみると、前記認定によれば、本件学校は、同市が、教育の振興、国際交流の促進、ひいては産業の育成につながるものとして、これを同市に誘致したものであり、その教育内容は、米国大学と同程度の一般教養課程及びその履修に必要な英語教育であるというのであるから、本件の助成・補助は、その目的において公益性を有し、正当であり、また、前記認定によれば、同市は、本件設立準備会が、学校法人として認可された後、平成元年度から平成六年度までの期間に、二五億円を限度として、本件学校に対する助成・補助を行うことを予定しており、右助成・補助の具体的内容については、今後、当該支出の年度毎に同市議会の予算として議決されてはじめて確定されるものであるが、本件学校の運営から生じた赤字補填に要する費用を含め、校舎・施設及び教職員宿舎の建設に要する資金の提供等が予定されているというものであり、その態様、程度において、明らかに不合理であると認められる点はない。

したがって、同市の予定している本件学校に対する助成・補助は、同法二三二条の二に違反するものではない。

原告らは、被告が本件の助成・補助を行おうとしているのは、その裁量権を著しく濫用するものであるとして、本件学校の誘致について、同市の政策として適切でない旨を種々指摘しているけれども、いずれも、被告の裁量権の範囲内に属する政策判断を論難するにすぎず、原告らの主張は理由がない。

二憲法一四条違反の有無について

原告らは、本件学校に対して予定されている助成・補助は、同市にある他の学校教育法一条に掲げる学校、専修学校及び各種学校(以下「他の学校等」という。)との関係において、憲法一四条で定める平等原則に反する旨主張するので、検討する。

憲法一四条は、国民(性質上可能な限度で法人も含む。)の法の下の平等を定めているが、その趣旨は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでないかぎり、差別的な取扱いをすることを禁止したものである。したがって、国民の間に現存する事実的差異を考慮して、合理的な根拠に基づき、その法律関係において不均等が生じても、憲法一四条に違反するものではない。そして、普通地方自治体が、国民の社会権に対応して助成・補助を行う場合には、それを受ける対象の内容、事情などの事実的差異に応じ、いかなる助成・補助を行うかについても、合理性の存する範囲で、その裁量が認められていると解するのが相当である。

これを本件についてみると、弁論の全趣旨によれば、同市の本件学校に対する助成・補助は、他の学校等に対するそれと比較すると、群を抜いて多額にのぼることが認められる。しかしながら、同市が、「テクノポリス計画」に沿った高等教育機関の充実にも適し、かつ、国際感覚を身につけた人材の育成、国際交流の促進にも役立つとの判断から、本件学校を誘致することが同市にとって最適であるとの政策的判断をし、本件学校を同市に誘致したことは、前記認定のとおりであり、同市の助成・補助がなければ、その誘致ができない点で、同市内の他の学校等と設立の経過が異なり、また、本件学校は、その設立時期にあたり、通常の運営費に加えて、その物的、人的設備の整備に要する費用が必要である点で、既存の他の学校等と条件が異なるのであって、両者の間には、助成・補助の必要性について、差異が認められる。そして、本件の助成・補助が、国民の教育を受ける権利に対応して、これを行う場合であることも考慮すると、本件学校に対する助成・補助の態様・程度が、前記のとおり、他の学校等と異なるものであっても、右は、著しく不合理であるとは認められず、同市の裁量の範囲の逸脱はなく、結局憲法一四条に違反しない。

三地方自治法二一四条違反の有無について

原告らは、同市の本件学校に対する二五億円を限度とする債務負担行為について、市議会の承認を得ないまま、基本協定により生ずるとすれば、地方自治法二一四条に違反することになると主張するが、前記認定のとおり、平成元年一一月一三日に、同市議会第三回臨時会において、本件学校誘致事業費として、二五億円を限度として支出する旨の債務負担行為が可決された後、同月二八日に、基本協定において、同市は、同市議会における決議を得たうえで、二五億円を上限に、本件学校に対する助成・補助を行う旨の協定がなされたことが明らかであるから、原告らの主張は、その前提を欠き、失当である。

第五結論

以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武田平次郎 裁判官大内捷司 裁判官渡部勇次)

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